はじめに
最初に断っておきますが、私は教育者でもなければ学者でもありません。 その辺にいる普通の一般人です。 非常にセンシティブな話題ではあることは理解していますが、計算の本質を問うのに面白い議題だと思ったので投稿します。
掛け算の順序問題
よく議論になる問題はこうです。
全部で8チーム参加する大会があります。1チームは6人です。大会の参加者は全部で何人ですか?
これを「8×6=48」と記述すると✖にされて、「6×8=48」と書くと○にされるという問題です。
一見すると2つの記述は等価に見えます。 しかし、等価ではないと主張する人々もいるため、しばしばSNSで論争になります。 それも一方が一方をバカにした主張しかしないため、相互理解は一向に見込めません。
私としては、「計算とは何か」を問わずして、天下り的に積の交換法則を根拠に等価だと主張するほうがバカに見えるのですが、他人が作り上げた世界を鵜吞みにして自分が正しいと主張する人は一定数いるようです。
少し抽象的な難しい話になりますが、できるだけ専門用語を使わずに掛け算に順序を求める理由の一つについて述べますので、お付き合いいただけると幸いです。(素人分野で専門用語を使ってお叱りを受けたくない)
本題
(文体が変わります)
abとbaは文字が並んでいる順番が違うから異なるものと言うと多くの人は納得してくれると思う。
では、異なる2つを同一視する=という記号を導入して、ab = baという規則を導入することを考えよう。
ここで、=には次の3つの関係が成り立つことにする。
- どんな記号
xについても、必ずx = xとなる。(反射律) - 左辺と右辺は無条件に入れ替え可能。
x = y ⇒ y = x(対称律) - 第三者を介して等号で結ばれるなら、2つは等しい。
x = z, y = z ⇒ x = y(推移律)
重要なのはab = baは人間が存在する前から存在する超人的なものではなく、人間が恣意的に導入する一つの規則に過ぎないということだ。
例えば、aとbに自然数集合の元としてa<=8, b<=6と代入した場合、86 = 68となる。(ただし、<=の記号は代入を表す。)
86と68を十進数と解釈すると「八十六と六十八は等号で結べないだろう」なんて思うかもしれないが、そもそも私は8と6を並べて書いただけで十進数を書いたわけではないため、
「はちろく」と「ろくはち」を同一視するというルールを私が今作ったことを意味する。
ここで、xという記号を導入して、xmxnを「nをm倍する」という計算操作と定義しよう。
「m倍」の定義はまだ行っていないが、ここでは自然数の掛け算ということにしておいてほしい。
すると、x8x6 = 48, x6x8 = 48であるから、推移律よりx8x6 = x6x8という"交換法則"があると確かめられる。
この法則を、xmxn = xnxmと書こう。
掛け算に順序はない派
「掛け算に順序はない派」の認識は次の通りである。
mは1チーム当たりの人数を表す集合Mの元で、Mは自然数と同じ記号を使ってM = {1, 2, 3, ...}と表記される。
nはチーム数を表す集合Nの元で、Nもまた自然数と同じ記号を使ってN = {1, 2, 3, ...}と表記される。
mとnだけでは冒頭の総参加者人数を求めることができないで、先ほど導入したxを使って、xmxnというように解を記述する。
xmxnにm<=6, n<=8という具体的な元を代入すると、
xmxn[m<=6, n<=8] → x6x8 = 48
ところで、xmxnには交換法則があったので解をこのように書いてもよい。
xnxm[m<=6, n<=8] → x8x6 = 48
よって、解答にx6x8 = 48と書こうがx8x6 = 48と書こうが、どちらも○にされるべきである、という主張だ。
掛け算に順序はある派
「掛け算に順序はある派」の感覚を噛み砕いてみよう。
xnxmに対して、m<=8, n<=6と代入する数字を入れ替えてみると、
xnxm[m<=8, n<=6] → x6x8 = 48
さて、mとnは6や8という同じ記号を使って具体例を表記する(代入する)が、mとnと書き分けてある通り、私はわざと2つを区別した記号で表している。
集合論的には要素の記号が全く同じなのでM = Nであるが、mとnは区別されるものである。
要素を同じ記号を使って書いただけで、集合と対応する現実の概念は同じではない。
つまり、m<=8, n<=6とm<=6, n<=8は代入の意味が異なるのである。
ところが、算数の解答に書かれるのはx6x8 = 48だけなので、児童がxmxn[m<=6, n<=8]とxnxm[m<=8, n<=6]のどちらを意図して書いたのか見分けがつかない。
そこで「採点者がxmxn[m<=6, n<=8]とxnxm[m<=8, n<=6]の違いを目に見えるものにしよう」としているのが「掛け算の順序」ということなのだろう。
式は思考を抽象化して具象を覆い隠すからこそ、式になる前の思考を可視化し、早期に指導者自身が指導の誤りに気付けるというのが重要ではないだろうか。
自分の世界を構築し、抽象的な世界に投影する
実際、MとNを次のように定義すれば、立式の順序は一般人にも馴染みのあるものになる。
Mは「かけられる数」を表す集合で、自然数と同じ記号を使ってM = {1, 2, 3, ...}と表記する。Nは「かける数」を表す集合で、演算子と自然数記号が一続きになった記号を使って、N = {×1, ×2, ×3, ...}と表記する。
MとNの二項演算のそれぞれの元を並べたmnと定義し、m<=6, n<=×8を代入すれば、
mn[m<=6, n<=×8] → 6×8
となり、自然数同士の積と同じ形をしている。
ここで、mn = nmという交換法則を認めると、
nm[m<=6, n<=×8] → ×86
とあまり見慣れない形になって不自然さを覚えるだろう。
不自然さの感覚に従って、mn = nmは成り立たないと決める。
これは唯一神が決めた不変の法則ではなく、私が今決めた規則である。
不自然でないと感じる人が多いのならば淘汰されるべきルールだろう。
ここが一番難しいところだと思うが、MとNただの自然数の集合ではない。
MとNでは集合の"次元"(物理学のLTMAのことではない)が違う。
私は紙に書かれた数字の話をしているのではない。問題文に書かれた現実に対応する対象について議論しているのである。
その証拠に、問題文の6と8は次元が違うので6 + 8 = 14という加法が現実世界で意味をなさない。
言い換えると、6 + 8 = 14という演算は算数の中に存在するのに6 + 8 = 14という式に対応するものが現実にはない。
では、問題文に出てきた2つの数字8と6はどっちがmでどっちがnだろうか?
文章題で児童に問いたいのはこのmとnの区別がついているかということである。
問題文の意味合いから6 ∈ M, ×8 ∈ Nであるから、mn[m<=8, n<=×6] → 8×6は✖にせざるを得ない。
「そんなものmとnを入れ替えたら同じじゃないか」と言われそうだが、その通り記号のmとnは本質では無い。
本質は児童が、mとnに対応する世界を児童自身の中に構築できているかである。
もちろん、積の二項演算子×は交換法則が成り立つから8×6 = 6×8であるが、私が上に書いた8×6のは算術式ではないことに注意してほしい。
8という記号と×6という記号を連続して並べただけだ。
×6は化学でいうatom(それ以上分割できないもの)であり、xと6のように分割することはできない。
ここで、"たまたま"(わざと同じになるように記号を選んだわけだが)記号列が同じなので私が定義した6×8を算術式6×8と定義しよう。
すると、記号が私の独自世界から代数学の記号の世界に変換されて積の交換法則が保証され、6×8 = 8×6 = 48となるわけだ。
「掛け算の順序」の目的は児童にルールを遵守させることではない。 児童と採点者の明示的なコミュニケーションのためである(つまり教育側の都合ではある)。 「問題文に出てきた数字をただ並べたのではなく、現実世界を数理の世界に写像する能力を身に着けましたよ。」と採点者に伝えるためのプロトコルなのだ。 私が書いたように式と代入を明示的に示せばこんなプロトコルは必要ないのだが、児童はまだ抽象的な記述ができないのを忘れてはならない。
おわりに
文章に書かれた問題を抽象世界に投影し、計算結果を現実世界に取り出して解釈するという行為は非常に高度な能力である。 圏の変換を具体例だけを通じて私たちは自然と習得するのだ。 そして、この能力は工学をやるのならば息をするようにできなければならない。 もちろん全ての人が工学をできなくても良いが、資源も人も足りないこの日本では原理を理解してモノに変換できる工学屋さんがどうしても必要だ。
私は最近、作れる人がいなくなり、売れるものがなくなり、外貨を獲得できなくなった未来を想像するのが怖い。 もう既にITの分野ではお隣の国にモノを売れないのは言うまでもない。 ここで、ITとはアニメやゲームなどのサブカルチャーも含む。 体力(予算と人材)がないので、大規模言語モデルは外国から買ってくるしかないのである。 現役世代ではなくなり、自分では住む場所を選べなくなったとき、私は何を思うだろうか。
別に小学校の算数に掛け算の順序を導入することを支持するわけではないが、
- 具象と抽象を行き来できる人材を多くすること(算数ごときで躓く人を多く出さないこと)
- 表面上の計算規則やハリボテの便利公式だけ覚えて、基礎から導出する能力を軽視する人を量産しないこと
- 子どもの「なぜ?」に対して、「そういうものだから」と返さないこと
といったことをお願い申し上げたい。
え?掛け算の順序に固執している人はそんな難しいこと考えてないよって?そんな~
